クルト・シュヴィッタースの絵画の本。

高っけえ!バカみたいに高けえ!

洋書だから国会図書館にもねえ!

https://www.amazon.co.jp/dp/3791306987/ref=asc_df_37913069872623086/?tag=jpgo-22&creative=9315&creativeASIN=3791306987&linkCode=df0&hvadid=334518762689&hvpos=1o2&hvnetw=g&hvrand=13174767432939556928&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009310&hvtargid=pla-666560554496

https://www.amazon.co.jp/dp/3775709886/ref=asc_df_37757098862623086/?tag=jpgo-22&creative=9315&creativeASIN=3775709886&linkCode=df0&hvadid=334239446829&hvpos=1o3&hvnetw=g&hvrand=13174767432939556928&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009310&hvtargid=pla-316617294163

 

で、これを探っていたら、なぜかスピリチュアルの本がAmazonのおすすめに出てきた。

引き寄せの法則や潜在意識系の話だった。

「今、我々は目覚めのサイクルに入っている」という話。

https://pojipojineganega.blog.so-net.ne.jp/2018-12-09

確かに、引き寄せ系には不思議な魅力があるね。

最近、吉野圭さんのブログばっかり見ていたから、引き寄せ系には何か足りないものを補っている感じがする。(錯覚かもしれないが。)

ただ、たぶん「目覚めの時代に入っている」の元ネタは西洋占星術だ。

だから、ある意味そこだけ事実ではあるだろう。

でも、「本来僕たちは神である」というその言葉に対し、人はなぜすっと納得ができるかというと、「人は皆、神に近づくため(まずは高次霊に近づくため)に生きている」ということを思い出したから魂が呼応したのではないだろうか。

要は、高次霊たちのオーディエンスから、「何でもいいから最後まで形而上を信じながら生きてみなさい。万が一、今世でうまく行かずとも、来世では報酬あげるから」ということを言われている気がした。

日本の闇

https://ksnovel-labo.com/blog-entry-1410.html

(引用)

⇒東大祝辞の核心「日本は世界一冷たい国」

「失敗する人間は徹底的にたたくべし」「何もかもが自己責任。迷惑はかけないが、かけられるのはもってのほか」「人は自分の成功や人生に責任を持てばよく、他人のことにかまう暇はない」――。

そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国で、「利己の目的ばかりを追うのではなく、ほかの誰かの幸せを考え、支えあって生きていくべきだ」という、人間としてまっとうなメッセージが、こうして声高に叫ばれ、そして、多くの共感を集めていることに少しの安堵を覚えた。


>「失敗する人間は徹底的にたたくべし」
>そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国

そうねえ。
かつて判官贔屓(ほうがんびいき:敗者を支える日本人らしい美学のこと)が一般的だったこの国で、昨今は、誰かが少しミスをすれば大喜びで徹底的に叩く鬼畜ばかり増えた。

(引用、終わり)

 

上記の通り、もしかしたら日本人の民度が劣化しているのかもしれないね。

ただ、テレビは朝鮮人が、ネットと書籍は中国共産党が沸いていて、どっちに転んでも蛇の道となるような工作活動を行っていると思っているのだが。

→なぜ中共が?というと、それは沖縄の辺野古の基地建設を妨害する件で、そう思った。中国共産党は、日本を攻めようとしているのではないかと。

 

ただ、どのみちそうだとしても、その悪い民度に呼応する日本人がいるからそういう社会が出来上がってしまったわけであり、我々日本人の責任はすごく重い。

上野千鶴子ってこんなまともなことも言うんだなと久々に感心した・・・

・・・が、上野千鶴子が所属していた学生運動・左翼団体から何から何まで、みんな反日の暴力的な思想「いじめはいじめられる奴が悪い」、「権力者には媚びへつらえ」を掲げた元凶の奴らであり、学校も荒らされており、東大祝辞の言葉も「どの口が言うんだ!」と吉野さんが怒るのも無理はない。

 

それとネットの嫌がらせが工作員ではないかもしれない理由について。

確かに、工作員というブラックボックスはいくら考えても分からないから、

「とりあえず自分自身が良き人間となって、少しでも社会を良くしよう」

という案は、冷静沈着かつ賢明な判断だと思う。

でも、ネット工作員がしっぽ出したやつを見ちゃったから、「いない」とは言い切れないんだけど。みどという名の工作員が↓

https://ameblo.jp/sunamerio/entry-11294384015.html

https://togetter.com/li/241875

要は、政治に関わることだけが工作活動に使われているのであって、他の荒らし行為はただのニートの嫌がらせかもしれないと思った。

例えば資格取得掲示板にずっと張り込んでいて、一日中嫌がらせをするような人間が、本当にこの国にはいるからね。

 

どのみち、誰のせいだろうと、こんな陰湿な国はいつか滅びるよ。

まともな日本人はどんどん海外に出ていくからね。

そうならないために、普通レベルでいいから道義のある国にしていこう。

「ソドムの市」という映画を見たことがある。

サド公爵の「ソドム120日あるいは淫蕩学校」が元ネタ。

こちらはあの映画を見た後には読む気になれない。

強烈なゲイだったパゾリーニ監督は、この映画の撮影後に少年にゲイ行為を強要したとして、その少年ら複数犯によって殺されている。


ブルトンがサドをシュルレアリストに入れていたが、そんなに良いかね?

アダルトビデオが無かった時代の娯楽作品かもしれないが、私はそこに何の芸術性も感じなかった。

少年少女のウンコをみんなで食べるという、バイセクシャル兼スカトロジーな作者の性癖も、単に気持ち悪いだけだった。

あとは、とにかく虐待行為が酷いので思い出したくもない。

少年の目を切り取って、それを見ながらシコっている公爵とか。

とにかくトラウマでしかない。

「ああ…見ちゃった…」って感じ。

しかも悪人が粛清されないので腹が立つ。

ちなみにサドのこの小説の原版は8億円相当で落札されたとか、フランス政府が持ち出し禁止にしたとかニュースになっているが、こんな奴の小説に感化される金持ち権力者がいるってのは、ヨーロッパってのはなかなかぞっとするな。

ただ、ヨーロッパはまだ言論の自由があるから、反対する人も公に出てくるけど。

少数の劣等白人がデカい面して闊歩している感じ。

今、アンドレ・ブルトンのようなデミタス並みに濃い文学を読んでいるからか、それに慣れてしまうと、濃い芸術でないと全てが味気なく感じてしまう。

そんな中、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」って、改めて聴くと物凄く面白い曲だ。

学生時代に良さが分からず、所謂「勉強のため」に学んでいた音楽作品も、今になってみると良さが分かってすっと心に入って来たりする。

図書館にあったので、予約した。届くのが楽しみだ。

https://www.youtube.com/watch?v=mNJAbfIpUio

私はこの盤を借りた。

Tashiという現代音楽アンサンブルの奏する盤で、ピアノはピーター・ゼルキン。(ルドルフ・ゼルキンの息子)

ピーター・ゼルキン武満徹の曲が凄く良かったため、この人の現代音楽に対する感性は信用している。

ただ、まだ分からないが、演奏と録音が悪いとそれだけで僅かに萎える。

だけれども、他にもっと良い演奏があったのに!となってもいいから、どうせタダだし借りることにした。

大田区の図書館すごい。

最近、某ドイツ製一級製品の復元修理を終えたので暇が出来た。

そんな中、デリダ「シニェポンジュ」を読んでいて、最初の段階でちょっと…

分かるような、分からないような事態に出くわした。

やばい、ジャック・デリダ、嫌いだなぁ。

デリダはまだこの本しか知らないけど、これがずっと続くのかと思うと…時間の無駄。

なんか、この本を借りるかどうか迷っていた時に易占いをやって、天風こうが出て、「魅力があるけど近づくな」という結果だったんだが、結局はその通りになったな。

易占いって、最初に占った通りになるんだな。

なかなか面白い本って出会わないんだよなぁ。

というわけで、ブルトンシュルレアリスム宣言・溶ける魚」の方が面白そうだったので、途中で鞍替えした。


ちなみに今読んでいたシニェポンジュの下記↓はこの本のメインの話ではなく、余談みたいなもの。


幸福に生きる理由について。

喜びの感覚を思い出せば、新鮮な気持ちになれる。

→だけどそれは不可能。しかも最終段階。

その喜びを思い出せる「物事」は、自分に(喜びの)要求か命令を与える。

しかもその要求は理不尽で満たしえない。

それが「物事」の法みたいなものだ。

「その法の命令は、主体の命令ではない。なぜならその主体は語ることがないのだから。」←という、自己完結的な皮肉w

そしてこれが、フランシス・ポンジュという名前が表すものを考える時の「法」となっている、とのこと。

ジュゼッペ・シノーポリという指揮者がいるんだけど、ああいう死に方が出来たらかっこいいだろうなあ。

パドヴァ大学医学部卒業。精神医学や考古学で博士号取得。

安部公房みたいに医学の道を断念して芸術家に走ったタイプ。

54歳で心筋梗塞に倒れ、死去。よくある芸術家の早死にだ。

なぜすごいかというと、単純に演奏(指揮)が上手いから。

月に憑かれたピエロ」はテルデックからCDが出ていて、おたくらしっくさんが紹介していたが、それで私はシノーポリとテルデック社が好きになった。

陰謀論者の皆さん、フリーメイソンのホルスの目みたいなマークが特徴のテルデックから出ているんだよ。フリーメイソンの人って今でも音楽好きが多いだろうね。)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AA

(引用)

1987年フィルハーモニア管弦楽団と共に来日した折に、桐朋学園オーケストラで非公開授業を行い(ヴェルディ:「運命の力」序曲)、この録音は、当時発売されたシノーポリの「運命の力」全曲盤に初回プレス限定で添付され、この授業は、現在でも桐朋学園大学で「伝説」として語り継がれている。

(引用、終わり)

腹立つなぁ。所詮は桐朋学園だろ?

桐朋学園の演奏って、嫌いじゃないけどあまり心に響かない。

 

シノーポリアセンダントがやぎ座。(アセンダントはその人の「根」の性格。)

頑固で慎重、最後までやり抜く、自分一人で何でもやる(他人の力を借りるのが苦手)タイプ。

そして、やぎ座らしいのは、頑固一徹で批判と崇拝を同時に浴びている、賛否両論型という所。

これがその人の本当の性格だ。

あとは、冥王星(前世の性格)がしし座だから、注目されたがりで、自信過剰に見えるが実際はナイーブ、という面もある。

でもそれは前世でやり残した課題の話で、今世でやることの方がメインだ。

太陽星座はさそり座だから、表向きの人生はそういう感じだろう。

 

一方で、私のアセンダントはおうし座なので、根は泥臭く、長期目線でマイペースに一つ一つ積み上げて行くタイプ。

これって、やぎ座の性格に似ていないか?

アセンダントの性格が似ていると、その人の芸術性がすっと心に入りやすいのかもしれないね。