シェエラザードより、「アジア」

シェエラザードより、「アジア」

 

詩:トリスタン・クリングゾール

曲:モーリス・ラヴェル

訳:岡本和子

 

 

アジア、アジア、アジア、

乳母の物語に登場する古い夢の国、

不思議な森の皇居のように

幻想が眠る国。

アジアにむけて、

あの帆船に乗って旅立ちたい、

黄金の空に舞う巨大な夜鳥のように

紫色の帆をようやく広げ、

今夜港で静かに揺れる

不思議で孤独なあの帆船に乗って。

 

呪文のような古いリズムに合わせて歌う

邪悪な海の声を聴きながら、

花咲く島にむけて旅立ちたい。

祈りが優しく流れる

ダマスカスやペルシャの街が見たい。

 

白い歯が光る黒肌の顔を覆う

美しい絹のターバンが見たい。

オレンジのような黄色い肌に光る

愛する暗い瞳と

喜びで輝く眼差しが見たい。

ビロードの衣と

長い総(ふさ)飾りの服が見たい。

 

白い髭にすっぽり覆われた

口が咥える長いパイプが見たい。

怪しげな視線の商人に

続いて、

指を傾けるだけで

人の生死を好きに操る

イスラム国の裁判官や大臣が見たい。

 

ペルシャ、インド、そして中国、

日傘をさした太った中国の役人、

繊細な手をした姫が見たい。

そして、詩や美について

激しく議論する学者たちが見たい。

魔法の宮殿に留まり、

異国の旅人のように、

もみの木の枠に張った布に描かれた

果樹園にたたずむ人物がいる

風景画を自由に眺めていたい。

東洋の大きな刀で

無実な人間の音を切る死刑執行人を

微笑みながら眺めている殺人者たちが見たい。

 

貧しい人や王女が見たい。

薔薇や血が見たい。

愛や憎しみによる死が見たい。

 

そしてのちに帰郷して、

夢のある人たちに自分の冒険を語って聞かせ、

シンドバットのように、

古いアラビア風のカップを時折口に運び、

話を巧みに中断する・・・