https://ogumayayoi.com

↑こんな人が実際にいるんだよな。

インスタでスピリチュアル講座をやっている人なんだけど、この人は実際に通訳者として成功しており、年収も通訳者時代から高い。

もちろん、英語を上達させるための本を何冊も出している。

すごい人だなと。

 

ただ、私は前歯を隠して話す人はどうしても人相学的に嘘つきに見えてしまうため、あんまりぱっとしなかった。

でも、神から降ってくる直感の言葉をそのまま喋っている人も、自分の意思を奥に追いやって神と繋がることになるから、前歯を隠す可能性はあるよね。

だから、結局、信用出来るのか出来ないのかは、判断不可能だった。

土屋健「オルドビス紀・シルル紀の生物」、読了。

(Facebook投稿記事)

 

土屋健「オルドビス紀シルル紀の生物」、読了。

技術評論社の「生物ミステリープロ」というシリーズの第2巻にあたります。

 

全ページにカラー写真が施されており、本文は133ページと少なめで、にも拘らず古生物学の要所がコンパクトに纏められております。

とにかく面白くて、時間が経つのも忘れてしまうほどです。

 

さて、この本ではまず「三葉虫だけでこんなに種類があるのか」と驚かされます。

遊泳性のものや、目がカタツムリのように二つの触覚から成るものなどがあります。

 

オルドビス紀には前のカンブリア紀以上の規模で生命爆発が起こります。

オルドビス紀食物連鎖の頂点に立ったのは間違いなくチョッカクガイ(カメロケラス)であり、最大で11mにも達する化石まで発見されております。

 

また、次のシルル紀というのは海中生物が大きく発展していきました。

シルル紀というのは他の紀に比べるとやや短いのですが、とにかくアツい時期なのです。

 

そして、ウミサソリもかなりの種類があります。

オルドビス紀のメガログラプトゥスはいわゆる旧型の形をしていますが、シルル紀になるとスマートで格好良い形に進化するのです。

ウミサソリの最終進化系はプテリゴトゥスという種で、何回聞いても名前を覚えられませんが、体長は最大で推測2.5mほどのものまであります。

 

なお、イングランドウェールズの国境付近にヘレフォードシャーという場所がありますが、シルル紀にはこの場所で火山噴火が起き、海中に降り積もった火山灰のノジュール(石の塊)からは、本来なら化石に残らない部分まで発見されております。

発見された中で最古の雄の生殖器を持つカイミジンコの化石まであります。

 

そして、シルル紀には初の陸生植物も誕生し、それはリニア属のクックソニアというものです。

それまでは苔くらいはあったかもしれませんが、陸地は文字通り「不毛」の地帯であり、乾燥に強くないと生命が生きられなかったのです。

このことが、次のデボン紀にて脊椎動物の上陸へと繋がる伏線となっております。

 

なお、この本のシリーズにて、私はこの第2巻しか読んだことがありません。

しかし、ここには書ききれないくらいに、とにかくマニアックな知識欲を駆り立てられる本でした。

平行植物しかり、自分はこういうのが好きなんだろうなと思いました。

 

https://www.amazon.co.jp/オルドビス紀シルル紀の生物-生物ミステリー-生物ミステリープロ-土屋-/dp/4774160857

パスカル・キニャール「楽園のおもかげ」、読了。

(Facebook投稿記事)

 

パスカルキニャール「楽園のおもかげ」、読了。
「最後の王国」シリーズの4巻目にあたるものです。

 

人間は元来、動物に捕食される恐れから、本能で避難場所を求めた。
そして、人間は胎児の頃には守られた空間の中にいたが、大気世界に出ると臍の緒が切り離される。
それにより、人間は胎児の安全地帯に戻りたくて、「属することへの欲望」が生まれる。
それにより、人は脳内に楽園を作ったのではないだろうか。
楽園(パラダイス)の語源は、ゾロアスター教典に使われたアベスタ語の「神の囲い地(パリダイツァ)」に遡る。

 

読書をする際の自分の心の声は、胎児の頃に見ていた夢に由来し、それに言葉が加わって出来たもの。
イメージの語源である「イマーゴ」は、元来は頭部の頭蓋骨のことを言う。
胎児の夢、視覚以前の夢は、楽園である。
性的快楽の中に女性が見せる、溺れるようなあの眼差しは、胎児の夢に帰っているから。

 

(引用、p.180)
「金枝を摘む」とは、大地を踏むことなく、太陽のように落日もしないという意味の表現である。人間に置き換えるなら、会陰部とは大地にも触れず陽の目も見ない場所となろう。
大地と天、夏と冬の間のヤドリギのような、生と死の中間地点。
天が大地に触れる、それは雷だ。
触れてはならぬ場所に触れること。
触れてはならぬ大地に近づくこと。
(引用、終わり)

 

(引用、p.216)
音楽のレッスンではない荘子の教訓話をわたしは読んだことがない。
音楽とは何か。
時間とは何か。
時間を遡ったり下ったりすることだ。
文学とは何か。
時間を遡ったり下ったりすることだ。
思索とは何か。
時間を遡ったり下ったりすることだ。
(引用、終わり)

 

なお、巻末にある訳者の解説「おぼろげな君ー〈最後の王国〉シリーズをめぐって」は、解説として完璧でした。
というか、この本の解説部分だけ読んでいれば、他の本にも通じるキニャールの哲学の半分以上が分かると言っても良いくらいです。
訳者の小川美登里さんは、本当に頭の良い人だと思います。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784801002340

自分が信じるものを否定する人が現れた場合。

それはもう、それ自体が浄化。

今まで自分の心の中に握りしめていた否定概念を、手放し始めた時に起こることが多い。

 

それは、悪い夢を見たら潜在意識の浄化になって、それが現実に起こらなくなるのと同じ。

現実世界だって、構造は夢と同じなんだよ。

だから、今まで悪かった状態から、この先良いことが起きる前兆で、悪いことが起きる人もいる。

それは、潜在意識の恒常性(変わらないように保つ性質)によって、現在と未来の温度差で起こるから。

 

私の場合だと、インスタでそういうのを見てしまった。

そういう時は、自分の心の中の否定概念を、何もせずに見つめる。

変に抵抗はしない。

そして次に、サンアルクスさんの占い動画を見て、回復する。

格闘技ゲーム大会の王者ウメハラは、こう言った。

「苦手なもので、好きなことは、最強の組み合わせ」

この言葉を胸に、私は理系の勉強をしている。

「苦手なのに好き」っていうことは、それを極めるためには独自のルートを通るっていうことであり、結果、思いも寄らない方法と経験の蓄積が身につくということだ。

気象学入門という本で、角速度について出てきたが、まず私はラジアン毎秒とは何なのかをよく知らなくてイメージ出来ていなかったことが、それを難しいと思い込む壁になっていたのだが、何とか乗り越えられた。

うん、角速度って、速度じゃないんだよね。

1ラジアン毎秒の速度から見たら、それを何倍したかどうかの速度なんだよ。

つまり、半径と同じ長さの弧(それをラジアンという)を1秒間でピーッと流れる速さがあったとしたら、その速さに比べて何倍速く進んでいるかっていうこと。

その「何倍か」っていう数字のことを、角速度という。

 

そういえばウメハラは、引き寄せの法則についても仄めかしていた。

たとえ周りが反対しようが、好きなことをやり続けることは必ず成果を上げるとのこと。

 

で、さっきの話だけど、こう書くと理系大学出身者は全員、そんな難しくて神秘的な世界観を持って生きているのか、などと思うじゃん?

ところが、私の知り合いで東京理科大学を出ている女の子に聞いたら、「大学で習ったことは全部忘れた」、「趣味で勉強している人の方がよく知っている」とか言っていたんだよね。

私が「微分は曲線の傾きを調べるために使うんだよね?」、「積分は曲線で囲まれた面積を求めるのに使うんだよね?」と訊いたら、その女の子に「え?そうなの?」とか言われた。

その頃の私は今よりも更に理系の知識が薄かったというのに、それでもその子より私の方が知っているという結末に…

結局、大学なんてそんなもんだよ。

皆、勉強が好きじゃないんだなって思うよ。

ああごめんなさい。

Toros Canさんのリゲティの演奏、なかなか上手いわ。

この人はトルコ人で、現在51歳。

そして、親がめちゃくちゃ金持ちなのか、色んな大学で学んでいる模様。

また一つ、推しが増えた。