「ル・アーヴルから長崎へ」、読了。

(Facebook投稿記事)

 

パスカルキニャール+小川美登里「ル・アーヴルから長崎へ」、読了。

私が読了したキニャールの著作としては、19冊目となります。
これにて、水声社から出ているキニャールコレクションは全て網羅したことになり、あとは新刊待ちです。
なお、この本はキニャール書籍の翻訳者でもある小川美登里さんの論文めいたエッセイが半数以上を占めています。
そして、ある程度キニャールの作品を読んだ後でこの本を読んだことは、順路として正解だったように思えます。

フランスのル・アーヴルはノルマンディー作戦にて破壊された街であり、日本の長崎は原爆によって破壊された街です。
どちらも港のある街となります。
また、キニャール自身は幼少期にル・アーヴルにて動物の玩具を買ってもらい、それでノアの方舟を作ったと語っています。
そのことは、キニャール著「シャンボールの階段」の主人公エドワール・フュルフォーがレトロな玩具に執着のある設定だったことに通じるものがあるようにも思えます。
なお、彼に言わせるとル・アーヴルはあくまで「廃墟の街」という印象が強いのであって、現在のスキー場やビルなどを見ていると胸のむかつく違和感が芽生えるそうです。

(p.184、道と戦争/キニャール)
「だが、廃墟の子の瞳にとっては、まっさらな建物よりも打ち捨てられた廃墟の方が、ずっと本物らしく思われるのだ。」


さて、彼は小川さんと共に、東京、長崎、そして(長崎の)五島列島を訪れます。
そして、東京の恵比寿にある日仏会館にて、彼の70歳(ジュビレ:古希)の誕生パーティを行ったことが記されています。
キニャール自身は細川俊夫などのピアノ曲を弾きました。
また、彼は詩を朗読しながら、翻訳家の博多かおるさんもピアノで伴奏をしたそうです。
更には、小川さんも箏を演奏したそうです。
つくづくマルチタスクな人たちであり、楽しそうなキャラクターの面々ですね。
そして、谷崎潤一郎清少納言、能などにも詳しいキニャールは、かなりの親日家に思えてなりません。

また、キニャールは映画「野いちご」の主人公イサク・ボルイ教授が70歳の誕生日に回想を主とした話を展開させて行きますが、この映画の主人公の頽廃的な回想と、この映画の作者が母親に認知されずに壮絶な生い立ちを過ごしたこととの両方に共感していた模様です。

更には、キニャールの祖父シャルル・ブリュノーの故郷であるムーズ川近くのショー村が原子力発電所の建設のために村人は金銭を貰った上で追い出され、自然の生態系が破壊されて行ったことを、福島の原発事故と同一視する姿勢も見せています。

なお、小川さんは、東京・長崎・五島に関する3つのエッセイを記しています。
そのどれもが、キニャールに絡めた日本史や西洋哲学などの知識から得られた、彼女自身の哲学が表明されているように思えます。
五島列島は戦国時代からの「隠れキリシタン」の街。
フランシスコ・ザビエルの教えによって、海賊の日本人ヤジロウは日本で最初のキリスト教徒となります。
ただし、ヤジロウの訳した聖書は現在遺されていないらしく、伝記によると聖書を訳すのに仏教用語を使わずにはいられなかったとのことです。
そのせいで、ザビエルが悪と見なした「大日如来」を、ヤジロウは「神」と訳したそうです。

ちなみに、小川さんはこのエッセイにて、唯物論者ではないことを明かしています。
彼女は、作曲家オリヴィエ・メシアンが自然への祈りや宇宙への繋がりによって作曲を行っていたと考えているそうです。

(p.177、五島/小川)
「たしかに、ここは本物のルルドではない。単なるレプリカだ。そうであるにもかかわらず、海風と静寂、空に響く美しい鳥の鳴き声のせいで、まるでここが楽園のように思えてくるのはなぜだろう。そのときわたしの心を読んだのか、パスカルがこう聞いてきた。『ミドリは神秘主義者なのかい?』『もちろん、ときどきはね』と答えたわたしに、彼は微笑みで返した。」