この世って、所詮はただの地獄だ。
吉野圭さんのブログで「ホロスコープの結果、北九州連続殺人事件の松永太死刑囚は老練な魂だということが分かった」と書いてあった。
つまり、なんで極悪非道な魂が生まれて来れてしまうのかというと、この世は最底辺の地獄だから。
そして、あれより酷いことをした魂は、生まれてくる権利すらなくなる。
というか、高次霊たちによって処刑され、魂そのものが消えてなくなってしまうらしい。
だから、ヒトラーの生まれ変わりは、生まれて来ない。
ヒトラーほどでなくても、もしこの世で少し悪いことをやめられずに生きているのだとしたら、それで自分の子どもの方が魂的に優秀だったとき、死後で自分の子どもと再会することすら困難になる。(子どもに会いに来てもらわなくてはならなくなる。)
なぜなら、魂は自分と同じような魂同士の階層でしか関わることができず、上の階層から下への昇り降りはできるが、下の者が上へ行くことは絶対に出来ないからだ。
私も仕事でランナーズハイみたいになった際に「宇宙の本質は愛で出来ている」みたいなことを感じ取ったが、それはこの世を含めた全ての世がそうだということ。
皆、この世とあの世の話はするけれど、この世の一つ上の階層にある世のことは、誰も語らないんだよね。
一つ上の階層の世のことを、便宜上、天国と呼ぶ。
瑜伽などの仏教や、マイヤース通信などのスピリチュアルによると、そのさらに上にも階層があり、特に最上階の世は人間のままだと知覚できないそうだ。
で、それらをひっくるめて、本質は「愛」で出来ているのはおそらく間違いない。
われわれがこの世に生まれて修行している理由は、中間目標として、とりあえず一つ上の階層「天国」に生まれて来たいから。
皆、そういう所に生まれたくて、この世で修行をしているんだよね。
これ言ったらなんだけど、結局不幸な目に遭っている人たちって、前世か前々世かのどこかで悪いことをやっていた可能性もある。
もちろん、自分の魂を磨くために敢えて困難を背負って生まれてくる場合もあるけれど。
だからこそ、イスラム教の「盲人を見たら蹴飛ばしてやれ。なぜならそれは前世の行いが悪かったから、神の意志で盲人になったのだ」というのは、全員が全員そうではないため、言い過ぎだ。
もしそうだとしても、盲人を蹴飛ばしたりしたら、自分の来世に罪のカルマとして響いてくるので、それはやめよう。
慈悲の心が身に付くまで、この世に生まれて来なくちゃいけなくなるのが基本。
私も多分、来世はまだこの世に生まれてくるよ。
死後、あの世(中間世)に行って、自分の指導霊と一緒に人生の反省会をするんだが、誰だって反省すると思う。
ただし、新しく生まれてくる際に、記憶がリセットされるからね。
そのリセットされた状態でもなお、良い人間であり続けなくてはならない。
だから、天国へ入るのは、それなりに難しいのだ。
だけれども、いつか入れるよ。
↑今日はここで1200文字ぴったりだった。エンジェルナンバー1200は、「自分の心に素直になって」。