哲学が嫌いとか言っておいてなんだけど。
パスカル・キニャールに手を出してしまった以上、そこに書かれている程度の哲学なら理解するつもりだ。
なぜなら、パスカル・キニャール程度の哲学は、31歳になった今でも、読もうと思ったら読めることが分かったからだ。
ただ、元ネタのレヴィナスを読もうという気には、まだならないな。
レヴィナスを読むくらいだったら、他に読みたい本が優先的にある。
しかもそれが、日本語訳されておらず、フランス語やチェコ語で書かれていたりすることもある。(或いは、訳がクソ)
だからこそ、どうしてもそっちに時間を食ってしまうという。
キニャールがレヴィナスに陶酔していたからと言って、師弟のように全く同じではなく、キニャール自身のオリジナルな論の方が多いと思う。
そう考えると、キニャールを知りたいのにわざわざレヴィナスを読む必要性って何?ってなる。
でも、レヴィナスも、万が一気が向いたらその時は読むよ。
なんせ、この匿名ブログは思ったことをほとんどそのまま書いているだけで、そこら辺はFacebookの正記事と違って適当だから。
あと、別にコンプレックスではないけど、読書のスピードはやや遅い方だと思う。
でも、遅くてもいいから、最後まで読んだ方の勝ちだということが分かった。
そして、たとえ読み終わった時点で内容を理解出来なかったとしても、2回以上読めばいいだけで、最初は理解出来なかったら、次はもっとゆっくり噛み締めて読めば理解出来るようになることが分かった。
そして、時間が掛かっても、一回難しいものを通っておくと、次から難しいものが読めるようになっていき、それらが頭に入るようになってくることが分かった。
(この当たり前のことが出来る人が如何に少ないか、最近思っている。)