一つ前の記事に書いたが、私はコロナで死ぬかもしれないと思ってしまった。
それで、死について考えていたが、今のところこういう決断が出た、
「死が、なんだっていうんだ。」
私は人間なので、いつかは死ぬ。
その後、やってきたことを反省して、来世の人生計画を神または高次霊と一緒に決めることになる。
もちろん、私はそう思ったからといって、例えば自殺などはしない。
なぜなら、自殺未遂者の臨死体験は酷いものばかりで、神と決めてきた人生計画に外れてしまうとこうなると思うから。
でも、もし私が今から死ぬとしても、今世でやり残した事はあまりない。
今世じゃなきゃ味わえない経験は、だいたい経験してどんなものかが分かっている。
例えば、あらゆるタバコの味を試したし、歴史に残るかどうか疑問視されそうなあらゆる本を読んだし、音楽も一通り聴いてきたし、セックスがどういうものなのかも(一人だけだけど)知ったし、彼女がいるときの気持ちも味わったし、オカルトの実験で結果も出たし、仕事で正社員もやったし、ニートもやったし、立派な人とも関われているし、コーヒー・紅茶も一流のものを知ったし、数学の「デカルトの葉」の面積の解き方も分かったし。
未経験のものに対しても、だいたいどういう感じか想像がつく。
(理系の勉強はあまりして来なかったが、例えば気象学なんかだと、美しいように見えて、実際にやることは泥臭いことの積み重ね。)
だから、来世に移る準備はだいたい出来ている気がしてしまうのだ。
来世は、フランスの国立土木学校に入りたいな。
それで、ミヨー橋のような橋を造りたい。